肉球を太陽に

猫が好き、ゲームが好き、野球が好き。

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水嶋ヒロ小説家デビュー。ナンシー関よ生き返ってくれ

小説大賞の水嶋ヒロ、賞金2000万円辞退 やっかみも一因?

俳優の水嶋ヒロ(26)が、処女作「KAGEROU」で「第5回ポプラ社小説大賞」を受賞し、日本の文学賞では最高額の賞金2000万円を獲得。

ナンシー関が生きていてくれたらなあ……!!!

この夫婦の問題も含めいろいろネタにしてただろうに。見たこと無いのに、消しゴム印になった水嶋ヒロがはっきり脳裏に浮かぶよー。

これね、絢香を主人公とした少女漫画だよね。

そんなに可愛くない娘が歌の才能を買われて歌手デビューする→売れる→病で倒れる→イケメン俳優と熱愛→ひきさかれそうになって結婚→事務所から揉めて独立→彼が俳優干されて小説家に→さあこれからどうなる

りぼんとかなかよしなら、こういう少女漫画本当にあるかもしれない。「歌手デビューする→売れる」の間に、「同期歌手からのいじめ」が入れば完璧。

水嶋ヒロもすごい。

事務所辞めちゃったときはばかだなあと思ったけど、今になっては、良かったかもね。

他のイケメン俳優とは確実に違う、「水嶋ヒロの人生」というオリジナル路線走りだした。

しかもちゃんと壁や障害があって、それをするっと飛び越えて順調なのが素晴らしい。順調すぎて、次の茨の道が見えるのも素晴らしい。

ここまでくると、うそ臭い通り越して、感心してしまう。

もう私ファンみたいな何かになってると思うよ。次に何が来るのか期待してるもん。応援してるもん。作品も読まないから純粋なファンじゃないけどね。

どこまで既定路線なんだろうか、どこまで本人は納得済みなんだろうか。

レールの上に乗っかった芸能活動は嫌で飛び出して。
次に小説界飛び込んでも、結局レールの上に乗せられちゃった。
どうなるんだろうなあ。

俳優の時はまったく興味なかったんだけどね。いやー水嶋ヒロはすごいね。面白い。

いつか辻仁成みたいに、絢香と自分の出会いから結婚までを書いた小説書いちゃうんだろうか。書いて欲しい。

映画監督もやってほしい。カメラワークや色が変な感じで、出てくる役者がみんなぼそぼそ喋るようなアートな作品で。

これ削除ボーイズ出した賞だよね。その後受賞作が出ないまんまだった賞。

バリバリ純文学の本格派小説で行くと思ってたので、エンタメ系の賞でデビューとは意外でした。

とりあえず近いうちに日刊イトイ新聞に出そうだなあと思うけど、小説の内容次第だろうなあ。

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  1. 2010/11/01(月) 19:03:00|
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日本て女流作家が元気だな

最近、日本の有名作家の過去作を読み返してます。

宮部みゆきの「模倣犯」「レベル7(セブン)」「蒲生邸事件
高村薫の合田雄一郎三部作「マークスの山」「照柿」「レディ・ジョーカー

いやもう、読む前からわかってたけど、はずれ無し当たりくじすぎる。つくづく思った。

この二人、文体に異常に華があるのね。とくに技巧をこらしてる文章ではないのに、ぐいぐい引き込まれる。

特に高村薫は固い文章なのにエンタメ臭がぷんぷんで、勝手に目が文字を追う。そら売れるわ、って納得しつつ、「やっぱり面白いなー」とうなりながら読んだ。

仮想儀礼私は篠田節子がめっちゃ好きなんですが、長編大作ばんばん出して賞も取りまくって、ここ数年脂が乗り切ったスーパー神がかり状態が続いてるのに、さっぱり一般知名度が高まったようには見えないのはこの差なのか、とちょっと思っちゃいました。篠田さんもやめられないとまらない文章書く人なんだけどな。

太陽を曳く馬」がまた合田雄一郎らしいので読もうかな。

漫画界でも、女性作家が面白い。

イムリ 6 (BEAM COMIX)三宅乱丈「イムリ」
森薫「乙嫁語り
船戸明里「Under the Rose
伊藤悠「シュトヘル
が今特に熱いです。私ン中で。

イムリ7巻はまだか。そういえば「おお振り」もちっとも単行本出てないなー。

女性が書く人物像には、ちゃんと性格があるのがいいです。良いところだけじゃなく駄目なところ含め。子供を守れない弱い母親像を書くのも女性作家が多い気がする。逆にかっちょいい母ちゃん書くのは男性がうまいね。

  1. 2009/11/18(水) 11:47:00|
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しんちゃんの作者身元確定で思うこと

さよならのときの 静かな胸  
ゼロになるからだが 耳をすませる 

生きている不思議 死んでいく不思議  
花も風も街も みんなおなじ 

いつも何度でも
作詞/覚和歌子 作曲・歌/木村 弓
徳間ジャパンコミュニケーションズ)

行方不明のニュースを知ってから、ずっとこの曲が頭の中にリフレインしています。

しんちゃん世代じゃないので、見たものと言えば、大人帝国と戦国だけ。
でもでもすっごいショック。

そして行方不明で思い出したこと。

のりピー行方不明のときも心配したよなあ。薬抜けのための逃亡でも、なんでもいいから生きていて欲しいと思ったよね。

実際ずぶとく用意周到に逃げ回ったことがわかったわけだけどさ。今の報道加熱は、みんな心配した分逆上しちゃってる部分もあるんではないかと思う。

そしてさらになんとなく押尾事件について思ったこと。

不倫とはいえ、つきあってる相手が目の前で泡吹いて死ぬって、おっそろしいことだよね。薬で警察に捕まるよりも、もっともっと怖いことだよね。

それも薬飲んで準備万端ラブラブえっちなベッドの上でさ。

助けを呼ぶにもふたりきり。怖いし、あせるし、捕まるしで、数日はパニックになってただろうけど。

落ち着いている今、愛人さんのことを思い返して、泣いてあげてたらいいんだけど。

  1. 2009/09/21(月) 00:45:00|
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心のないパクリ

パクリとオマージュ。ミザリー (文春文庫)

線引きが難しい問題だとは思う。

王道や流行の形を取り入れば、どうしたって似た作品になっちゃうからね。でもちょっとこれはひどいなあと思った漫画を読んじゃって、なんかもやもやするので書いちゃいます。

ちょっと前、スティーブンキングの「ミザリー 」を、これでもかとぱくった漫画を読んじゃったんですよ。

主人公の小説家が、引きこもりの青年漫画家に。
気の狂った強烈おばさんアニーが、メイドコスプレしてるヤンデレアシスタントになってる。

ミザリーだけではなく、どっかで見たことある設定が入ってる、そんな作品。

しかも、主人公に加えられる危害や演出、ベッドのアングルから推測するに、小説ではなく映画の方しか見てないと思われる。

スティーブンキングの知名度を知らなくて、こんなマイナーな作品ぱくってもばれないだろうと思ったのか

それとも、ミザリーを見て、これだったら萌えメイドにしたほうが面白いのにと思って書いたのか、あるいはその両方か。

なんというかもうね。意図のない内容にひたすらトホホ。


有名小説家が気の狂ったおばさんに監禁され、小説の続きを強制的に書かされる恐怖。

誰も助けに来ないという絶望。(と、その状況のリアリティ)

じめじめした地下室で、虐待の痛みに耐え、げろ甘いロマンス小説を書かなければいけないという苦悩。

アニーの望む形で書き終えたら殺される。でも今、殺されないためには、アニーの望むがままに小説を書いていかなければならない。

そんな中でも、主人公は小説家であることをやめることができず、タイプを打つことに生きる喜びを感じてしまう。

その上で、終了させたいほど嫌っていた作品でも、それを好きにしていいのは生みの親である作者であり、他人(ファン)が好きにしていいわけがないと怒りに燃えるわけです。

これは俺のものだ。大嫌いだが俺の作ったものだ、お前のものじゃない。おれの作品を返せ。おれがけりをつけるんだ。

小説家が小説家であるための戦いがこれでもかと語りつくされ、そしてまた、続いていくわけです。


でもこの漫画に出てくる主人公は、自分の書いた漫画を嫌っているというより興味が無いだけなのよ。表面だけなんだよね。心が無い。自分の作品をそこまで嫌うには理由があるはずなのにびっくりするほど薄い。(編集者に言われたまま書いてるからとかそんなんです)

単純に、「ミザリー」の主人公が自分の作品を嫌っていたから、漫画の主人公も自分の作品が嫌いという設定にしました。ってな感じですね。

だから萌えメイドが自分の代わりに書き上げた原稿読んで「こりゃ楽だ」と簡単に喜ぶ。いや、そこはなんかあるでしょ。

単純にショック受けてもいいし、この作品はこいつらにまかせて自分の書きたい作品を書こうとか、なんかあるでしょ。

虐待されても、なすがまま。泣き叫ぶだけ。すぐ諦める。

ヤンデレさんも、なんの苦労もなくやすやすと作品を乗っ取る。

というか、この漫画を描いた作者そのものに、面白い作品を作り上げたいという気持ちがないんだと思う。漫画を書こうとか、漫画家になりたいとか、ヤンデレ書きたい、メイド書きたいとか、そんなんはあるだろうけど。


なんというか・・・
私はミザリーはそんなに好きな作品ではないし、キング自体も苦手です。
だからパクリだー!って怒ってるのとはちょっと違うんですよね。

パクるんなら、
「作家が女に監禁されて薬打たれて足を折られて逃げられないようにベッドに縛り上げられて、自分の作った作品を好き勝手に改ざんされる」という表面的な部分ではなく、

「恐怖、プレッシャー、パニック、怒り」っていう心の部分も書けよと。

自分の作品なんだから、アイデアがあったら、それをどう書いたら面白くなるかとか、もちっと考えてから書けよ的な、

そもそも生気もやる気もなく、世間になんの興味もないニートみたいな主人公が、編集と面談もせず、言われるがまま適当に一人で閉じこもって書いてる漫画が面白くて売れてるはずないだろう
漫画家なめてんのか?それとも舐めてるからこういう話をつくるのか的な

その漫画書いた作者の尻を蹴飛ばしたくなる、そんなもやもやした気分になってしまったのです。

  1. 2009/09/12(土) 01:22:00|
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「バクマン。」の「岡嶋二人」

バクマン。あのデスノートを作った漫画家と原作者がふたたびタッグを組んで送り出している、未来の傑作。

そこに書かれている内容は、少年二人が漫画家と原作者でコンビを組んで少年ジャンプでデビューするというストーリー。

もうね。これ、読むの辛いんだ。面白いんだけど、胸がきゅーーーーっと締め付けられるような切ない思いで一杯になる。

なぜかというと、どうしても「おかしな二人」とオーバーラップしてしまうから。

岡嶋二人

ちょっと昔、岡嶋二人という小説家がいました。誘拐事件を得意とする推理小説の作家でかなり売れました。

ペンネームからもわかるとおり、執筆担当&ストーリー担当の、ふたりの人間のコンビ名です。

岡嶋二人
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

 

岡嶋 二人(おかじま ふたり)は日本の推理作家であり、井上泉(いのうえ いずみ、1950年~、多摩芸術学園映画科中退)と徳山諄一(とくやま じゅんいち 、1943年~、法政大学経済学部中退)によるコンビのペンネーム。名前の由来は「おかしな二人」。

二人の出会いから小説家デビューまでの道のり、そこからの苦悩を執筆担当の井上氏がすべてをさらけ出した自伝小説。それが「おかしな二人―岡嶋二人盛衰記 (講談社文庫)」です。

亜城木夢叶と岡嶋二人

バクマンは原作者のがもう大場つぐみと、作画の小畑健が自らの経験を生かして書いている。それはもちろんわかってる。だけど、

亜城木夢叶が岡嶋二人に
高木秋人が徳山諄一に
真城最高が井上夢人に
かぶってかぶってしょうがないのです!

先に小説書こう!と誘ったのは原作者。
誘われたのは執筆者。
アイデアを次々に出してリードしていったのは原作者。
恋人(妻)のために早く小説家で一旗あげたかったのは執筆者。
二人ともずぶの素人。小説の書き方なんて全くわからない。

執筆者の井上氏は、大量に読むだけではなく、勉強にしたい小説を丸ごとノートに書き写して小説の書き方を学んだそうです。

そして二人は頭が良くてとっても器用だけど、天才肌ではなく凡人なんです。素人が芥川賞をめざすところから始まって、自分たちにできることはなんだ、作れる作品はなんだ、俺たちのアピールポイントは何だ、他の奴らが書けないことはなんだ、まだ書かれていないテーマを探せ、と、二人で一心同体にあがいてあがいて、作品を作り出していくんです。

いやもうここらへんすごく熱い。バクマンの子達とちがって、すでにドロップアウト済み、大学中退でぶらぶらしてるニート(ヒッピー)ですからね。追い詰められるどころか、すでに世間から捨てられたような状態で、必死で小説家を目指します。熱いです。

結果、彼らは芥川賞を逃すものの、作品を評価されてとんとん拍子に文壇デビュー。コンスタントにヒット作を出す中堅作家になります。

多分人生で一番楽しかった頃だと思う。自分たちの作りたいことが湯水のようにわきあがってくる、考えたことが面白い形にちゃんとなって、評価もされる。世界が広がり、金も入ってくる。

今の「バクマン。」見てると、ああきっと「岡嶋二人」もこんな感じだったんだなあと、強烈に思い出してしまうのです。

でも「岡嶋二人」は崩壊します。

「岡嶋二人」から「おかしなふたり」へ

蜜月は長くは続かない。
歯車が狂いだします。

もうね、ここからが辛いのなんの。

まず執筆者。自身のことなので、書かれてはいないけど。
おそらく、作品量産による文章力が向上。小説を書く上での構成力もぐんぐんあがって、小説家としての才能が順調に伸びていったはずです。

対して原作者。持っていた知識やアイデアが、次々と小説化されたりボツになったりで、引き出しの中身が空っぽになっていきます。しかし簡単に補充できるもんでもない。

会って話すというプロット作業をしていたので執筆作業をやっていない。ゆえに、作品を形作る生の刺激に触れてない。だからそこから派生するアイデアやプロットができにくい。鈍っていく一方だったと思う。小説家の片割れとしてデビューはしても、小説家としての才能は相方より伸びていないわけです。

相方がアイデアを出すのを待っていては締め切りが守れない。仕方なく自力で書き出す執筆者。

それに甘えてさらにサボる原作者。ギャラは折半。何もしなくても原稿料は入ってくる。ある意味勝ち組だ。(相方が書き上げたものを読んで自信喪失したりもしたんだろうと思うけどね)

このため、執筆者はお前も一回文章を書いてみろと頼む。しかし原作者の腰は重い。「わかった次ね」と言いつつ時間だけが過ぎる。

二人の関係にひずみが生じ、ひび割れて亀裂になり、溝は谷に姿を変え、どんどん深くなっていきます。

しかし、互いに強く結びついているのでコンビが解消できない。何度も何度も話し合う。「次こそちゃんとする」と口だけの原作者、うっすら裏切られるのをわかっていても信じようとする執筆者。

互いに互いを凄い奴だとめちゃくちゃ尊敬してんですよ。相方がいなかったら今の自分はいないと確信してるんです。だからどんなに腹を立てても、見限るべきだとわかっていても、決別することができないんです。

離れるべきだとわかっていても別れたくない。

泥沼恋愛小説のようなんです。文庫のあとがきにも書かれてるけど、これを読んだ人誰もが思うはず。ここらの執筆者の心境吐露は、ヒモニートになった駄目男を支えるけなげな若妻のようです。

クラインの壷 (新潮文庫)岡嶋二人の最高傑作は「クラインの壷」
(あんまし関係ないけど、逆転裁判のエピソード「倉院のつぼ」というタイトルは、この作品のオマージュだと私は固く信じてる)
これはこの時期に書かれたもので、執筆者がほとんど一人で書き上げました。「おかしなふたり」中盤は、この作品を書くための苦労がこんもり詰め込まれてます。爆発寸前の追い詰められた状態で書かれたものが、こんなにも面白くなるのだから皮肉ですね。

どんなふうに書かれていったのか、それは読んでのお楽しみということで、詳しくは書きませんが。ネタバレもすごいので、クライン読んでから推奨。

バクマン。

 

実際のバクマン作家コンビは、「絵が下手なゆえに諦めざるを得なかった元漫画家」と、「自身のアイデアではヒットを作れないが絵のうまさではトップクラスの漫画家」という、互いに別々の場所で失敗を重ね、弱点も知っているコンビなので、岡嶋二人とは違う。これまで一人でやってきて、業界の酸いも甘いも知っているからビジネスライクに割り切れる。その上で、相手はこうしたいんだろうな、という意図を汲みあうことができる良い関係なんだと思う。ま、コンビじゃなくて、原案一人、作画一人と、各個人の名前でやってるんだから当たり前ですが。

でもバクマンで書かれている亜城木夢叶は岡嶋二人と同じく「ふたりで一人」どっちかが躓いたら、火の粉がかかるどころじゃない、一緒に黒焦げになってしまう。

もう、「おかしなふたり」を読んだのは何年前かも覚えてないくらいなのに「バクマン。」読むと、ぐわわわわと記憶がいちいち揺さぶり起こされるんですよね。

高木秋人が、ネームを渡した後、必死こいて原稿書いてる最高の横で漫画読んでたりすると、「おかしな二人」的な匂いを感じて切なくなり、その後ちゃんと手伝ってるのを見て安心する。

ボツになっても諦めずに、ネーム100本作ると言い出す高木秋人を「偉い!それに比べ岡嶋の相方は・・・」とか思ってしまう。

これからの「バクマン。」原作と作画のスタンスの違い。その違いから来る苦悩も、きちんと書いてくれそうで、とっても期待。

最後に。

たいした努力もせず勉強もせず、有名作品の劣化コピー漫画書いてる中途半端な漫画家の卵たち。

冒頭の細切れのアイデア考えただけでストーリーも展開も作画者まかせで原稿料半分かっさらう大物原作者や、原稿チェックも一切しなかったくせにあとから口出して打ち切らせたりする怠慢原作者。

バクマン。は、赤裸々なジャンプ編集部の描写や、ジャンプ体制の不満や指摘など、そういう現実とリンクしてる部分が目立ってるけどさ。

ひたすら努力し目標に向かって驀進する真城最高と高木秋人の姿は、漫画業界にはびこるこういう困った人たちへの強力な皮肉や非難にも思えて、なかなか興味深いです。

おかしな二人―岡嶋二人盛衰記 (講談社文庫)おかしな二人
―岡嶋二人盛衰記
(講談社文庫)

バクマン。 3 (ジャンプコミックス)バクマン。 3

テーマ:週刊少年ジャンプ全般 - ジャンル:アニメ・コミック

  1. 2009/07/03(金) 21:21:00|
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「アイシテル~海容~」で描かれた許しとは

「アイシテル~海容~」ドラマについてあれこれ述べるのはやめときます。ちゃんと毎回見てないので。

ただ、稲森いずみは、あの母親にぴったりですね。恐ろしいまでに。綺麗で、弱くて、でも覚悟決めたら強いぞ、みたいな。

けど、「千花ちゃんに限って」の記事にリンク張ってくださった方の記事見たら、私の文章読んで「被害者の母親が簡単に犯人を許すなんて」と勘違いされてたので、そこちゃんと書きます。


えーとですね。事件の全貌が見えて、マスコミ報道も収まって、そのあとの話です。

利発とはいえ子供がゆえに、殺人という重大な犯罪を犯したことをイマイチ理解してない犯人の少年。彼が罪の重さを自覚し、心から反省するためには、どういう成長をすべきなのか、どういう教育を施すべきなのか、周りの大人たちが考えることになります。

案その1・辛く当たって惨めな人生を歩んでもらう。

人を傷つけて当然のDQNに成長するでしょうね。こうなったら永遠に反省なんて無理ですよね。再犯の可能性も高くなる。

案その2・きちんと人の痛みのわかる人間に成長させる。

ごく普通の人間になるということ。人を傷つけたり、殺人なんてもってのほかという一般人となんら代わりの無い倫理観を持つ大人を目指す。生きていることの素晴らしさを知らねば、それらを奪われる痛みはわからないからね。

さあ、どっちを望む?

案その1じゃ、一生反省はない。武勇伝にされる危険だってある。

でも案その2だと、親や周りの人間の愛情をもらい、ちゃんとした教育を受けていかないとこれまた難しい。どっちみち、手厚い保護下でぬくぬく生活するわけです。殺人犯がですよ?殺人を忘れてのうのうと暮らしていく危険が高いわけです。

改心の可能性がある子供、というのは、これはこれで辛いですね。
中途半端に自我が成長済みのDQN犯だったら、ひたすら憎むだけですみますけど。

この作品の被害者の母親は、犯人の健全な成長を望みます。

でもこれは単純な許しとは違います。

いつか、自分がどれだけの大罪を犯したかを理解して、心から謝罪して泣いてくれるかもしれない。そのために成長してほしいと願うんですよ。

ぶっちゃけ、もう反省なんてしなくていいからのたれ死ね、か
改心して心のそこから息子を殺したことを反省してほしいか
で、後者に行き着いたわけです。

そのためにまず被害者の母親は、少年の心境を思いやり、自分の息子の非を認め、出会いのきっかけになった少年の親切にお礼を言うわけです。

相手の気持ちを思いやること。親切を受けたら感謝すること。憎しみに駆られて怒り狂うだけではいけないこと。非は非と認め謝ること。少年に、人とはこうあるべきという形を身をもって示すのです。

気が狂わんばかりの、相当な覚悟の「海容」です。血反吐を吐きつくして行き着いた先の「海容」なんです。

加害者の母親も、被害者の母親の気持ちを知り、ぜったいに心からの反省をする人間にしたいと願うわけです。すでに道を大きくはずれた息子を正しい道に戻すなんて気の遠くなるような話です。手元に戻ってくるのは何年後になるのかもわからない。少年も過去の対峙から逃げて、思い出して苦しんで、また投げ出して、の繰り返しになるはずです。並大抵の道のりではないわけです。

そういうことなんですよ。単純に「しょうがないわよねー、こどものやったことだもの」レベルの話ではないです。

「アイシテル~海容~が発売。2007年度最高の問題作です」、で、この作品のモデルなのでは?と、引用した文章をもっかい載せます。

神戸須磨児童連続殺傷事件で犠牲になった少女の母親が少年Aに書いた手紙です。これが本当にそのものなんですね。

最後にA君へ。もし、私があなたの母であるなら、真っ先に思い切り抱きしめて、共に泣きたい。言葉はなくとも一緒に苦しみたい。

氷のように冷たく固まってしまったあなたの心。そのうえ、それを深い海の底に沈めてしまった。 でも、深く暗い海底からそれを捜し出し、ていねいにゆっくりと氷を溶かし、ゆったりとほぐすことができるのは親の愛しかない。とりわけ、母の愛が太陽の温かさで包み込む以外に、道はないと思うのです。

罪を罪と自覚し、心の底からわき出る悔恨と謝罪の思いがいっぱいにつまった、微塵のよどみもない澄みきった涙を、亡くなった二人の霊前で、苦しんだ被害者の方々の前で流すことこそ、本当の更正と信じます。

それまで、共に苦しみ、共に闘おう。あなたは私の大切な息子なのだから。

彩花へ―「生きる力」をありがとう (河出文庫)

娘を殺したこと、殺人という罪の大きさ、それらに向き合い、きっちり反省して涙を流せる人間になってほしい。そのために私があなたの母親になる。
・・・読めば読むほどすごい手紙だと思います。

こういう言葉を出せる人の娘が殺された。
この母親に愛情注がれて育っていた女の子が殺された。
改めて少年Aは、とんでもない大罪を犯したもんだと思います。

当時、朝のニュース番組で、この手紙を読んで少年Aが泣いた、と言ってたような記憶があります。反省の言葉を口にしたとか、なにかしらの反応はあったようです。「こんな言葉をもらって泣けない人間はおかしい」というようなコメントを熱っぽく、かつ吐き捨てるようにアナウンサーが言ってたので、もしかしたら泣いてはいなかったのかもしれません。

私個人としては、
アイシテル~の犯人少年には、「健全な成長して反省更生を望む」それでいい。
でも、少年Aには、「惨めな人生を歩む」を望んでしまう。再犯は困りますが。彩花ちゃんのお母さんのようには考えられない・・・。そもそも事件の異常さや規模が違うから比べてもしょうがないけどさ。これが現実と、フィクションの違いだと思います。フィクションだからできる理想論だし。


でもって、原作では、最終回に成長後の犯人少年が出てきます。正直、この最終回はどうよ?と思ったんですが。(ネタバレボタンクリックで続き)

そんな夢物語が簡単に成功するはずはなく、ちゃんと教育失敗してるんですよね。

ただ、反省の一歩手前というか、「人の命を奪う、殺す」ことの恐ろしさに気付いて、涙を流すシーンが出てきます。でも反省までは行ってません。ここで終わっています。

それに加え、えーっこれ安易すぎないか?っていう設定が出てきたり、最後まで描きっていないことに不満のほうが大きかった。

でも答えも正解もない話だから、奇麗事だけで終わったわけでもないし、これで良いんじゃないのかと気持ちは変わりつつあります。

アイシテル~海容 前編 (1)アイシテル~海容 後編 (2)

  1. 2009/05/09(土) 11:00:00|
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始末屋ジャックが始末されてしまいました

そろそろポール・ウィルスンの始末屋ジャックシリーズ読もうと思って、ぐぐったら、翻訳中止になってた・・・・

マジか。シリーズものは、いちいち新作を追っていっても、前作が二年前だったりすると細かいところを忘れてしまう。だから10年くらい待って巻数たまってから一気に読む。

そろそろ、5~6冊は出ただろうと思ってたらOTZ

シリーズものなのに?映画化って話も出てるのに?大御所作家なのに?

安定の人気シリーズだと思ってた…。うわーショック。
予想を反して、前後に分かれてるとはいえ、読んでないのが8冊ほどあった。でも続き読めないなら意味ないよね。

悔しいからナイトワールド・サイクル 読み返してやる。

  1. 2009/03/26(木) 22:48:00|
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